最近は、報道を見聞きしている限り、自動車を使った犯罪がやたらと目につくように感じているのはボクだけではないだろう。

白物家電化した自動車の価値を機会に脱クルマ社会を

車内での違法ドラッグの乱用自動車事故、ストーカー、殺人死体遺棄事件など身も凍るほどの凶悪な犯罪が、しかも大都会やアウトローの世界の人々ではなく一般大衆のなかから検挙されているわけだ。

自動車は犯罪の欲望を満たすためにも便利なようで、郊外のバイパス道路沿いなどが栄える地方都市で猟奇的な犯罪が起きやすいのもうなづける。

マイカーというプライベートな空間が、密室的な感覚にさせるのかもしれません。

前述した自動車を使った犯罪はクルマ社会における弊害としての一つの例ですが、現代の日本では、マイカーをもつ個々の住民の欲望は交通ルールをのぞいて可能な限り尊重されています。

いまや大衆ドライバーは、日本社会の圧倒的多数派を成し、昭和期のようにそれなりの地位や名誉など思っているのステータスではありません。

自動車に対する関心は完全に薄れています。生活必需品としての、いわば白物家電と同等の存在でしかなくなってきているのではないでしょうか。

自動車の自由放任がもたらす大都市の荒廃も最近では地方にまでおよび、良いか悪いかは別として例に挙げると商店街には、錆びたシャッターがずらりと並んでいます。

地方都市は自動車を通じて大企業にすべてを吸い上げられている

地方都市のバイパス道路はたいてい、田畑の中を貫通しています。

こういったところに家電量販店、ショッピングセンター、大型衣料品店、ファストフード店、レンタルビデオ店、パチンコ店、ホームセンター、ガソリンスタンド、コンビニエンスストア等の全国画一の大企業が展開する店舗が幹線道路沿いに乱立し、みなこぞって自動車でしか行くことのできないここで買い物をするわけです。

大型駐車場を備える郊外の大型店舗の集客力に負け、ブラックホールのように買い物客を奪われてしまったといえます。

やがて空き店舗もなくなり、旧市街にはコインパーキングが増殖し、まったく地域色の無い漂白されたかのような「自動車がないと生活できない」生活の場にされてしまっています。

2015-06-08_machi最近では、「買い物難民」などの言葉もあるようですが、マイカー優先の都市の病態とでもいったところでしょうか。

山に棲んでいるからということばかりではなく、「田舎では車がないと暮らしていけない」などと言われる一因では?

いっぽう、大都市部では近所までそれこそ1分程度の道のりでさえ、自動車で移動し、メタボ、肥満、弱ってしまった関節痛など挙げればきりがない国民病。

自動車という名のカプセルでの移動なものだから気温変化やビールスなどに対する免疫力も低下し人は劣化しているとしか言いようがありません。

とうぜん、医療に掛かる財政負担は増え、少子化は止まらない。

少子化問題についてもたとえば、バス、電車利用なら少なからずあるだろうはずの男女の出会いすら直行直帰のクルマ社会ではありません。

ボク自身、自動車が嫌いといったわけではありませんが、政治問題や事件など自動車がなければずいぶんと少ないのだろうなと、ふと思った次第なのです。

いまこそ脱クルマ社会なのかもしれません。

しかし、わが国では、クルマ社会の弊害と真摯に向き合う努力はされていないように感じています。

「地方創生」を考えるのなら、産業、流通などより地方には文化や人が、まず何よりも大事なのではないでしょうか。

公共交通の維持が大変難しくなってきているのはわかりますが、政府もクルマとヒトを切り離した生活を大衆のために少しでも考えてくれれば、これらの弊害はかなり改善されるような気がするのですが、どうでしょうか。