金太郎伝説と内川流域

2018年6月26日相模の歴史, 足柄・箱根

箱根外輪山最高峰(1213)金時山に源を発する内川(うちかわ)は、隣の狩川と並び渓流釣り場としても知られるが、流域は「金太郎」ゆかりの地でもある。

日本の昔話でも桃太郎などと並び、筆頭ともいうべきヒーローの一人である彼は何者なのかは、長じて「坂田金時(さかたのきんとき)」、あるいは酒田公時などとされる歴史上の人物となることは漠然ながらもご存じだろう。

酒田金時と内川流域

金太郎ゆかりの地 内川
付近は酒匂川漁協の管轄であるヤマメなどの渓流釣り場として、あるいは金時山などへのトレッキングルートとして知られているところだが、訪れたことのある方であれば、お気づきになられたであろう金太郎伝説にまつわる名所が目に付く。

静岡県側の小山町にも金時神社や遊女の滝など数か所あるが、この地にも多いのだ。

じっさいには、”気は優しくて力持ち”の金太郎が、”無敵の金時”という思い浮かぶ金時像が完成されたのは江戸時代に入ってからの浄瑠璃(三味線などを伴奏とする語り物音楽の一種)、「金平浄瑠璃」の大流行以降だそうである。

この金時と息子の金平を主役にした人形劇はやがて歌舞伎でも取り上げられ、クマとの大一番は「近松門左衛門」の、マサカリは「初代市川團十郎」の創作に過ぎない。

ちなみに金平は「きんぴらゴボウ」の名の由来となっている。

酒田金時という人物

源頼光
彼が初めて文献に登場するのは、没後の100年たってからのことで、平安後期の「今昔物語」にみられる。

源頼光(みなもとのよりみつ 948~1021年)とは言うまでもなく、平安中期の武将で藤原道長の側近である。

この中に登場する金時は、源頼光の郎党(武士の従者)として渡辺綱(わたなべのつな),碓氷貞光(うすいのさだみつ),卜部季武(うらべのすえたけ)と並ぶ頼光の四天王に数えられる豪傑として描かれている。

しかしながら、ここでは牛車に乗って車酔いするといった話程度で、端役に過ぎないようなのだが。

時代は下って、鎌倉時代の「古今著聞集」には頼光一行が鬼同丸というバケモノを退治する話、室町時代の「御伽草子」に大江山の鬼、酒呑童子退治にみられるが、ここでも単なる郎党の一人としての登場にとどまっている。

酒田金時
酒田金時という人物の存在は、公的な記録も少ないうえに漠然とした存在で、意外にも江戸時代に確立された歴史的事実ではない伝説に過ぎないといっても過言とはならないだろう。

つまりは実在の人物であったか否かも危うい存在であるということなのである。

内川の源である金時山なども江戸時代までは「猪鼻山」と呼ばれていたそうで、坂田金時の伝説が定着して以来、「金時」と言いう名が使われるようになったのは間違いないわけで、周囲でゆかりの地とされる名称などもこの類なのか?

だが、それはそれとしても実際に足柄山周辺には金太郎の存在を確かに裏付けるかの如く、ゆかりとされる品や場所が多い。

これらは周辺において、代々確かに語り継られ厳然として存在し続けているのも事実なのである。

内川流域にみられる金太郎は坂田村(現神奈川県開成町)の豪族である酒田氏と四万長者の娘の間に生まれた子であるとされ、小山町の金太郎は彫物師の娘が京で仕えた大宮人(朝廷に仕える貴族・公家)、坂田蔵人との子であるとされている。

内川流域
いずれもその後、母一人子一人の境遇にあったことは物語のそれと同じである。

おもしろいといっては失礼になるが、双方に子孫が存在しているところも興味深い点である。

この小山町のお宅では屋号が坂田と称し、中島という集落にあるが、内川流域の矢倉沢地区にお住いのお宅は苗字が佐藤、屋号が中島。これを偶然とは言えず、時代の流れの中で二家に分かれた証拠であるとも想像できそうだ。

しかし、金太郎や酒田金時の存在が全くの伝説であるとは言い難い。

出生の伝説には、母親が山姥で雷神の子供を産んだその子が金太郎であるとか、赤い竜が金時山で母親に授けたであるとか全国的にも金太郎伝説は多い。

長野県南木曽町読書の酒屋と蘭の足跡石、長野県八坂村の上篭(あげろ)金時山付近、新潟県青海町上路(あげろ)の山姥の里などだが、どういった意味があるのだろうか。

トレッキングや渓流釣りでこの地を訪れた際、チョッと脳裏に収めておいても良い話である。

夕日の滝

内川「夕日の滝」
金太郎は、この滝の水で産湯を浸かったといわれている。

成長した金太郎は、この落差23mの滝で源頼光と主従の契りを結び、名を金時とあらためたといわれている。

四万長者屋敷跡

その名で分かるように母方の家で生家は、四万町歩という広大な田畑を持つかなりの分限者(金持ち・資産家)だったそうだ。

実際の屋敷跡は茶畑と棚田に挟まれるようにして石垣が残るのみで当時を偲ぶほどのものはない。

金太郎遊び石

手玉に取ったといわれる遊び岩
金太郎が遊んだとされる四万長者屋敷跡の棚田にある大小の二つの岩。

大きいほうは太鼓岩、小さいほうが兜岩と呼ばれている。

放り投げたのか転がして遊んだのか? 金太郎の怪力を今に伝える岩である。