西丹沢のイワナ

2018年6月26日Fishing, 生物, 西丹沢

県内のイワナ生息に関して、西丹沢の河内川上流域には古来から生息はなかったとされている。

しかし、記録や伝承の域を脱しない話の中において、しばしば「いや、イワナの存在は確かにあったはずだ。」といった地元の聞き取り調査の結果などがあったなどと極めて不明瞭なテーマとなっている。

今回は、このあたりを若干でも掘り下げてみたいと思っている。

西丹沢の在来種イワナは幻か?

奥道志と世附川流域
世附川支流大又沢の地蔵平や本谷の水ノ木では、裏(北)丹沢の道志川よりイワナ移植放流が源流の一部に有ったようで、一部の提唱者はこれを根拠として「丹沢のイワナは関東大震災前までは生息していた。」と主張し、「道志川支流には、古くからヤマト・ニッコウ系の両イワナが生息し、裏(北)丹沢は神ノ川より移植されたものである。」としている。

大正期の関東大震災以前、当時からヤマトイワナかニッコウイワナか特定に至らないような個体もあったようで、さらにその後の無作為な放流で生息地域がわからなくなったともいう。

余談としてだが、この話を真に受ければ、”赤色斑点を持つアマゴに近い形骸的特徴を持つ丹沢の在来ヤマメ”に似た混沌とした種の存在が本来の丹沢在来種であったのかもしれないと想像できそうだ。

ブルックトラウト
ただし、現在に至るまで学術的な調査目的からイワナとの交配が懸念されている外来種イワナであるブルックトラウトなどの放流もあったようで、この想像も疑わしいところであるのだが。

昭和期までの文献や地元聞き取りが伝承の類を脱してはいないとは言っても、西丹沢に往時からイワナの存在があったということは、少なくとも早戸川流域をはじめとする相模川水系の中津川上流域よりも濃厚な可能性として考えて間違いはなさそうなのだ。

奥相模とかつて呼ばれた流域とイワナの移植

古(いにしえ)の時代において、甲斐(山梨)から相模(神奈川西)の鎌倉に人が至るには郡内地方(山梨西部)から、道志川を抜けて源流部の”山伏峠”や支流の神ノ川上流の”犬越路”を越えていたことが歴史文献などではっきりしている。

犬越路分岐点
まさに道志川流域の両国地区は国境であったわけで、現在も山梨県との県境となっている。

この交流の中継地点として世附の水ノ木、大又沢の地蔵平、あるいは玄倉など現在の丹沢湖周辺は、”奥相模”と認知されていた地域であったらしい。

これは、交易などを含めても一つの生活圏であったことを裏付ける間違いのない事実であって、地蔵平にあったとされる(関東大震災の山津波で消滅、集落名も不明)集落なども重要な起点の一つであったと考えるのが自然となる。

浅瀬から大又沢林道(大又沢幹線林道)を辿り、地蔵平を経てしばらく遡行するとバケモノ沢と分ける尾根に信玄平という地名が残っているが、この地は戦国時代の甲斐武田軍が小田原攻めの際に駐屯したそうで、少なくとも当時からメジャーなルート(街道)であったのだろう。

このあたりを鑑みても道志川流域の里の人々にとって、世附や中川川上流部はひと山越えただけの生活の場、稼ぎ山(狩猟・採集・炭焼きなど)であったと考えても差し支えないところかと思う。

バケモノ沢赤沢戸沢出合
同時に隠し沢(長期の山仕事のタンパク源にイワナ・ヤマメを放流した沢)として、道志川流域から奥相模の流域に分水嶺を超えてイワナを移植した可能性がかなりの確率で高い。

とすると西丹沢流域のイワナは近世からの放流と合わせて、すべからく人為的移入によるものと思われる。

ただし、神ノ川流域の長者小屋あたりから犬越路を越えて中川川の最上流に移植するということは文献にも中川の集落に伝承としても伝えられていないことなどで少々考えにくい。

やはり、道志川の上流集落、長又の白井平の人が世附最上流に、善之木あたりが三ヶ瀬川上流の魚を大又沢に移植したということだろうか。

じじつ、三ヶ瀬川の東沢~地蔵平~二本杉峠(734m)~中川の上ノ原へ「三ヶ瀬古道」が通じている。

しかし、文献や記録はおろか地蔵平にあったとされる集落については大正期に消滅し、残念ながら不確実である。

三ヶ瀬(さかせこどう)古道
道志川流域の集落には多くの源頼朝伝説が残っているが、これを裏付けとするなら戦国時代はもちろんのこと、生活環境は鎌倉、あるいは平安末期まで遡っても同じと言える。

現在では、「もともと丹沢にイワナは生息していなかった(道志川神地以遠を除く)」とするのが釣り人の間でも学術的にも既成事実となってしまっているが、関東大震災による渓魚全滅という経緯を持つ渓が多いために結論は燻るように混沌としてしまっている。

前記したように生息を残した渓の存在に加えて、近代に入ってからの乱放流、あるいは伝承などの影響も少なくはない。

しかしながら、かつて丹沢には生息しないという定説であった源流性生物「トワダカワゲラ」も確実に存在することがわかって久しいところである。

同じ源流性生物のイワナが同じように存在するのでは?と考えることもできるが、氷河期以来の天然分布ではないにしても、西丹沢のイワナは人為的な影響を由来とするとしても鎌倉期以来の”千年の時を越えている種”かもしれないと考えるのがロマンティックな結論ではないかと、このテーマを結べそうなのだ。